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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)238号 判決

栃木県宇都宮市平出工業団地44番地3

原告

株式会社スズテック

同代表者代表取締役

鈴木貞夫

同訴訟代理人弁理士

新関宏太郎

新関和郎

新関淳一郎

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

同指定代理人

田村敏朗

阿部綽勝

幸長保次郎

関口博

伊藤三男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成5年審判第7465号事件について平成6年8月23日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和59年11月7日、名称を「育苗箱用段積装置」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願(特願昭59-234277号)をしたが、平成5年2月23日拒絶査定を受けたので、同年4月22日審判を請求した。特許庁は、この請求を平成5年審判第7465号事件として審理した結果、平成6年8月23日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年9月28日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

横送される育苗箱に床土・種子・覆土等の全部又は一部を供給する装置を有する移送台の取出側の床上に載置される前記移送台よりは高さの低い育苗箱受台と、該受台の前後左右に設けた内側が下向き回動する上下方向の4本の無端左右前側チエンおよび無端左右後側チエンと、前記チエン群のうち左右側の前後チエン間に跨がって前記チエンより内側に突き出るように取付けられ前記移送台より送出された育苗箱を一枚ずつ摺動載置させ得る左右受枠とからなり、前記左右受枠は上方には回動するが下方には回動しないように軸着し、前記左右受枠は育苗箱を受入れて下動すると前記受台かまたは先行育苗箱に当って上方に逃げて前記受台上に育苗箱をつぎつぎに段積されるようにし、前記受台の側部には所望枚数段積された育苗箱を段積みのままこれを移転させ得る移転部を設けた育苗箱用段積装置。(別紙1第1図及び第2図参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)  実願昭48-54744号(実開昭50-1405号)のマイクロフィルム(以下「引用例」という。)には、育苗箱2に床土・種子・覆土等を供給する装置4~7を有するコンベア3より送出された育苗箱2を段積みする自動積重ね装置8と、所定数積み重ねられた育苗箱2を受けとるとともにこれを搬出する搬送コンベア16とを設けた育苗作業機が記載されている。

(3)  そこで、本願発明と上記引用例に記載されたものとを対比すると、引用例に記載のものの「育苗箱2に床土・種子・覆土等を供給する装置4~7を有するコンベア3」は、本願発明の「移送台」に、また引用例に記載のもの「搬送コンベア16」は、所定数積み重ねられた育苗箱2を受けとるとともにこれを搬出するものであるから、本願発明の「育苗箱受台および移転部」に相当すると解することができるから、本願発明は次の点で上記引用例に記載のものと相違し、その余の点で一致するものと認められる。

相違点

育苗箱の段積装置が、受台の前後左右に設けた内側が下向き回動する上下方向の4本の無端左右前側チエンおよび無端左右後側チエンと、前記チエン群のうち左右側の前後チエン間に跨がって前記チエンより内側に突き出るように取付けられ前記移送台より送出された育苗箱を一枚ずつ摺動載置させ得る左右受枠とからなり、前記左右受枠は上方には回動するが下方には回動しないように軸着し、前記左右受枠は育苗箱を受入れて下動すると前記受台かまたは先行育苗箱に当って上方に逃げて前記受台上に育苗箱をつぎつぎに段積されるようにしたものである点。

(4)  次いで、上記相違点について検討する。

コンベアにて搬出されてきた物品を段積みする装置であって、前後チエン間に複数の受枠を水平に掛け渡したチエンユニットを上記コンベアの終端部左右に対向配置して物品を左右の受枠上に摺動載置し得るようにするとともに、上記受枠を上方へは回動するが下方へは回動不能に上記チエンに取り付けることによって、チエンを下動して物品を段積みする際に、上記受枠が、段積装置の底部に設けられた物品載置用の受台かまたは先行物品に当たって上方に逃げるようにしたものは、本件出願前から周知である(必要ならば、特公昭48-16273号公報(本訴における甲第5号証)、実願昭51-142601号(実開昭53-60289号)のマイクロフィルム(本訴における甲第6号証)等参照)。

それゆえ、上記相違点は、上記引用例に記載された自動積み重ね装置8に替えて上記周知事項を採用したものに相当し、しかも、上記周知事項を採用するについて特段の創意・工夫を講じたものとも解せず、またその様に解すべき理由も明細書の記載に見いだせないから、上記引用例に記載のものおよび上記周知事項に基づいて、当業者が容易に想到し得たものということができる。

(5)  以上のとおりであるから、本願発明は、上記引用例に記載されたものおよび上記周知事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものといえるので、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(1)ないし(3)は認め、同(4)、(5)は争う。

審決は、周知でない事項を周知と誤認したため相違点についての判断を誤った違法があり、また、新たに拒絶理由通知を行うべきであったのにこれをしなかった手続上の違法があるから、取り消されるべきである。

(1)  取消事由1(相違点について判断の誤り)

審決は、「コンベアにて搬出されてきた物品を段積みする装置であって、前後チエン間に複数の受枠を水平に掛け渡したチエンユニットを上記コンベアの終端部左右に対向配置して物品を左右の受枠上に摺動載置し得るようにするとともに、上記受枠を上方へは回動するが下方へは回動不能に上記チエンに取り付けることによって、チエンを下動して物品を段積みする際に、上記受枠が、段積装置の底部に設けられた物品載置用の受台かまたは先行物品に当たって上方に逃げるようにしたものは、本件出願前から周知である」と判断したが、この点は周知ではなく、したがって、本願発明は引用例及び上記周知事項に基づいて当業者が容易に想到し得たものであるとの審決の判断は、誤りである。

〈1〉(a)本願発明の要旨にいう「育苗箱を一枚ずつ摺動載置させ得る左右受枠」とは、内側に突出している左右受枠に、育苗箱を一枚のみ摺動載置させ複数枚は載置されないようにするものであり、そのことを可能にするためには、左右受枠は育苗箱を一枚摺動載置させたら下動するが、その下動とは、一緒に動く次の左右受枠が移送台より送出されてくる育苗箱の受入位置に臨む位置まで回動することを必要とする。

また、次の左右受枠が受入位置に臨むまで下降回動する構造であっても、甲第5号証のように左右受枠が上下のスプロケットの間に10個も取り付けてある構成の場合は、左右受枠群が邪魔をして、「所望枚数段積された育苗箱を段積みのままこれを移転させ」ることはできなくなる。したがって、本願発明においては、育苗箱を段積みのまま移転させることの妨げにならない位置まで左右受枠を移動させる必要がある。

(b) 本願発明の要旨にいう「左右受枠は育苗箱を受入れて下動すると前記受台かまたは先行育苗箱に当って上方に逃げて」とは、左右受枠は、最初の育苗箱を下動させたときは受台に当たって上方に逃げて受台上に載置する構成であるが、2番目以降の後続育苗箱を下動させたときは受台上の先行育苗箱に当たって上方に逃げて先行育苗箱上に後続育苗箱を段積みする構成であることを意味する。したがって、受台は、左右受枠が衝突する位置に衝突する横幅で形成されているものであり、その結果、安定して育苗箱を段積みすることができる。

さらに、「左右受枠は最初の育苗箱を下動させたときは受台に当って上方に逃げて受台上に載置する構成である」ことからすると、左右受枠は受台よりも下方位置まで下降回動することは明らかあり、そのとき、次の左右受枠は「移転台より送出された育苗箱を摺動載置させ得る」位置に臨むのであるから、両者の位置関係からすると本願発明の左右受枠は、1つは移転の妨げにならない受台よりも下方位置にあり、他の1つは移転台より送出された育苗箱を摺動載置させ得る高位置にあることは明らかで、結局左右受枠は、上下一対設けられていることになる。

〈2〉 甲第5号証の左右受枠は、次の左右受枠が受入位置に臨む位置まで下降する構成にはなっているが、パッドを一時滞留させる装置であるから、最初の左右受枠は、パッドを下動させたときは受台に当たって上方に逃げるまで回動せず、少し下動するだけである。

また、甲第5号証の左右受枠は、上下のスプロケットの間に片側10個も取り付けてあるから、左右受枠の数が多過ぎて、「所望枚数段積されたパッドを段積みのままこれを移転させ」ることを邪魔する。

さらには、甲第5号証には、本願発明の「受台」に相当するものは設けられておらず、したがって、受台上にパッドを段積みすることはできなく、受台上に段積みしたパッドをそのままこれを移転させることもできない。

〈3〉 また、甲第6号証のものは、内側に突出している左右受枠を移送コンベアより相当低い位置に停止させ、低い位置の左右受枠には天板を次々に落下させて8枚を重合載置させ、8枚が重合載置されたらタイマースイッチにより所定巾だけ下降させて次の8枚を重合載置させ、これを反復して都合96枚の天板を重合載置し、最後に、バケットB1がリミットスイッチ2LSの位置になったら、その信号でバケットB1を高速下降させて運搬車に載置するものであるから、左右受枠に次々に落下させて8枚も重合載置させるとき、育苗箱であれば、台無しになって使いものにならない。また、リミットスイッチ2LSの位置から運搬車までの距離を高速落下させたのでは、育苗箱の、床土、播種、覆土は乱れてしまい利用できない。すなわち、甲第6号証は、本願発明の「育苗箱を一枚ずつ摺動載置させ得る左右受枠」との構成は有せず、また、「左右受枠は育苗箱を受入れて下動すると前記受台かまたは先行育苗箱に当って上方に逃げて」の構成も有しないので、育苗箱を段積みするという本願発明の作用は全然奏しない。

(2)  取消事由2(手続上の違法)

審決には、新たに拒絶理由の通知を行うべきであるのにこれをしなかった手続上の違法がある。

〈1〉 平成5年12月22日付けで出された拒絶理由通知書(甲第4号証)に記載された拒絶理由は、実願昭48-54744号の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム(引用例)、実願昭56-142517号の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム(甲第9号証)、特開昭52-61066号公報(甲第10号証)及び特開昭54-80977号公報(甲第8号証)から容易に発明することができると認められるというものであった。

そこで、原告は、平成6年3月23日付け手続補正書(甲第2号証)を提出した。

審決は、甲第5及び第6号証を理由とするものであるところ、甲第5及び第6号証はそれまでの拒絶理由通知に含まれていなかったから、原告に対し、その旨の拒絶理由通知をして意見を求めなければならなかったものである。

被告は、技術常識である周知例についてまでも意見書、補正書を提出する機会を与える必要はない旨主張するが、明々白々の技術常識である周知例ならいざ知らず、本願発明について審決が認定した相違点は、本願発明の要旨の全部であり、本願発明は正にその相違点につき鋭意創作したものであるから、技術常識である周知事項とはなし得ないものであって、特許庁の解釈に誤りがないかどうか、意見書、補正書を提出する機会を与える必要のあったものである。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の認定、判断は正当であり、手続上の違法もないから、原告主張の誤りはない。

2  反論

(1)  取消事由1について

〈1〉(a) 左右受枠の設置される数及び左右受枠の育苗箱受入位置(停止位置)について、本願発明の特許請求の範囲には具体的に限定されていない。左右受枠を受入位置に停止させるようにする技術も周知の技術(乙第1及び第6号証)である。また、左右受枠が複数個設置とあわせて、育苗箱の移送台からの供給速度とタイミングが整合すれば、受入位置に受枠が停止しなくとも、育苗箱は一枚ずつ左右受枠上へ摺動載置することは可能である。

(b) 本願発明の特許請求の範囲は、「前記受台」と「先行育苗箱」とは、「かまたは」と選択的に記載されているにすぎない。また、段積みされる物品は、受台上に積み重ねられれば目的は達成されるのであり、特に左右受枠が受台に当たって回動する必要はない(乙第1号証参照)。

また、本願発明の特許請求の範囲には、受枠が上下一対設けられるとの記載はない。例えば、左右受枠が1個のみ設けられても本願発明の作用効果は達成される。

〈2〉 甲第5号証は、左右受枠がパッドの受入位置に臨み、パッドをその上に一枚ずつ摺動載置し、かつ、先に段積みされたパッドに当たって左右受枠が回動する周知例の例示である。

甲第6号証は、左右受枠が受台に当たって回動し、左右受枠上に載置された物品を受台(運搬車又はコンベア)に乗換えさせる事項の周知例の例示である。

物品を一枚ずつ受枠上に摺動載置し、受台上に積み上げる事項も周知であり、乙第1号証に記載されているとおりである。

甲第5号証の左右受枠群は、所望枚数段積みされたパッドを段積みのままこれを移転させることにつき、さほど邪魔になるものではない。

(2)  取消事由2について

発明が公知技術から容易に発明をすることができるかを判断するに当たって、出願当時のその発明の属する技術常識を前提とすることはいうまでもないから、該技術常識である周知例に対してまでも意見書、補正書を提出する機会を与える必要のないことは明らかである。審決で周知事項の参照例(甲第5及び第6号証)を挙示したのは参考のためである。

なお、搬送物を支持体で支持し、上下に搬送する搬送チエンは拒絶理由の第2、第3、第4引用例(それぞれ、甲第9号証、甲第10号証、甲第8号証)のいずれにも記載されているところからみても、周知の技術手段であり、原告は、該周知の技術手段を含む各引用例の技術について、意見書、補正書を提出している。

また、「コンベアにて搬送されてきた物品を支持体(摺動方向に対して左右2辺の育苗箱枠又は受台)上に摺動載置する」技術思想は既に審決の引用例(甲第3号証)にも記載されており、従来技術のチエンユニットの支持爪(甲第8号証、甲第9号証、甲第10号証記載事項)に摺動載置する場合には、チエンユニットの支持爪を「チエン間に掛け渡した受枠」とすることは摺動という動作からみて技術常識であるところから、「コンベアにて搬送されてきた物品をコンベアの終端左右に対向配置して物品を左右の受枠上に摺動配置しえる」技術は周知事項といえる(甲第5号証、乙第1号証の記載参照)。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願発明の要旨)及び同3(審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。

そして、審決の理由の要点(2)(引用例の記載事項の認定)、(3)(一致点、相違点の認定)は、当事者間に争いがない。

2  原告主張の取消事由の当否について検討する。

(1)  取消事由1について

〈1〉(a)  乙第1号証によれば、同号証(実願昭54-97373号(実開昭56-17231号)の願書に添付された明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム)には、第2図(別紙2参照)とともに、「この考案は、ベルトコンベヤー等で連続的に搬送されてくるパネル等の材料を、該コンベヤー終端部に近接配置して一枚ずつ重積する積載装置の改良に関するものである。この種の積載装置は一般にスタッカーと呼ばれており、その構造は・・・材料の巾に応じて間隔を調整できるように対設した左右2個1対のサイドフレーム(1)に、複数個の材料受け(3)を間隔配置したエンドレスチエーン(2)が内蔵されており、このチエーンをモータ(4)で間歌駆動して左右サイドフレーム(1)間に予め置かれた材料積載台(5)上に材料(6)を重積する仕組みとなした」(2頁2行ないし14行)、「今、材料搬送装置(7)により積載装置側に搬送されてきた材料(6)が第1図に示すごとく、・・・積載装置との間に跨った状態で停止すると、・・・該材料が積載装置側に押されて該装置の左右サイドフレーム(1)間に挿入される。このとき、該材料は左右サイドフレーム(1)の材料受け(3)上を滑って移動する。・・・材料(6)は所定の位置に完全に挿入されると、・・・チエーン駆動モータ(4)および制動装置・・・が作動して該チエーンを1ピッチ下降させる。続いて、次の材料が搬送装置(7)と積載装置の材料受け(3)間に跨って停止すると、前記と同様に動作が繰返されて該材料を積載装置内に挿入する。以下、同様にして所定枚数の材料が積載装置内に置かれた材料積載台(5)上に重積される。」(6頁10行ないし15行)と記載されていることが認められる。

以上の記載によれば、乙第1号証には、「コンベアにて搬出されてきた物品を段積みする装置であって、前後チエン間に複数の受枠を水平に掛け渡したチエンユニットを上記コンベアの終端部左右に対向配置して物品を左右の受枠上に一枚ずつ摺動載置し得るようにするとともに、上記受枠を上方へは回動するが下方へは回動不能に上記チエンに取り付けることによって、チエンを下動して物品を段積みする際に、1枚目の物品は、受台に当たって受台に載置され、2枚目以降の物品は、上記受枠が先行物品に当たって上方に逃げるようにして先行物品上に載置されるもの」が記載されていると認められ、乙第1号証の公開時期、技術内容等に照らしすと、上記事項は、本願の出願当時、当業者に周知の事項であったと認められる。

そして、乙第1号証には、受枠自体が受台に当たる点は、記載されていないが、乙第1号証の積載装置において、1枚目の物品を乗せた受枠が下動したときは、先行物品はなくて受台が存在するのみであるが、この受台が受枠と衝突する横幅に形成されていなければ、受枠を上方に逃がす構成が機能することなく物品は受台に当たって自然と受台に乗り移ることになるが、受台が受枠と衝突する横幅に形成されていれば、受枠が受台に当たって受枠を上方に逃がす構成が機能して物品は受枠から受台に乗り移ることになるにすぎないことは、技術常識上明らかである。また、甲第6号証によれば、実開昭53-60289号公報には、製パン用天板の自動堆積装置において、「バケットB1が運搬車18又はコンベア上まで高速に下降すると、バケットB1の支持片11が該運搬車又はコンベアに衝突して転回し、重積していた最終の設定枚数(例えば96枚)の天板が、重積のまま運搬車又はコンベア上へ乗り変わる。」(8頁末行ないし9頁5行)と記載され、受枠に相当する支持片11が受台に相当する運搬車に衝突する例が示されていることが認められる。そうすると、物品の重積装置において受台を受枠と衝突する横幅に設定するか否かは、当業者が適宜なし得る設計上の微差にすぎないと認められる。

そうすると、「コンベアにて搬出されてきた物品を段積みする装置であって、前後チエン間に複数の受枠を水平に掛け渡したチエンユニットを上記コンベアの終端部左右に対向配置して物品を左右の受枠上に一枚ずつ摺動載置し得るようにするとともに、上記受枠を上方へは回動するが下方へは回動不能に上記チエンに取り付けることによって、チエンを下動して物品を段積みする際に、上記受枠が、段積装置の底部に設けられた物品載置用の受台かまたは先行物品に当たって上方に逃げるようにしたもの」は、本願の出願当時、周知であると認められる。

原告は、本願発明は受台を左右受枠が衝突する位置に衝突する横幅で形成した結果、安定して育苗箱を段積みすることができる旨主張するが、その点は、受台を受枠の衝突する横幅に設定することによって当然生ずる効果であり、甲第2号証によれば、本願明細書の発明の詳細な説明の(効果)の項にも、「〈2〉・・・育苗箱を前記受台上につぎつぎに円滑に段積することができる。〈3〉・・・段積育苗箱をそのまま移転できる。」(同8頁末行ないし9頁6行)と記載されているにすぎず、それ以上に、受台が左右受枠と衝突する横幅に形成されているため格別安定した段積みをすることができることをうかがわせる記載はないから、受台を受枠の衝突する横幅に設定することが上記のように設計上の微差であることを左右するものではない。

また、原告は、甲第6号証は、本願発明の「育苗箱を一枚ずつ摺動載置させ得る左右受枠」との構成は有せず、また、「左右受枠は育苗箱を受入れて下動すると前記受台かまたは先行育苗箱に当って上方に逃げて」の構成も有しないので、育苗箱を段積みするという本願発明の作用は全然奏しない旨主張するが、「育苗箱を一枚ずつ摺動載置させ得る左右受枠」の点が既に周知であることは前記のとおりであり、「物品を受け入れて下動した左右受枠が受台か先行物品に当たって上方に逃げて」の点に関する限り、甲第6号証に記載されていることは前記認定のとおりであるから、この点の原告の主張は採用できない。

(b)  そして、引用例に記載されたものに上記周知事項を組み合わせることに困難があると認めることはできないから、審決が、本願発明は引用例に記載されたもの及び上記周知事項に基づいて当業者が容易に想到し得たものと判断したことに誤りはないと認められる。

〈2〉(a)  原告は、甲第5号証のように左右受枠が上下のスプロケットの間に10個も取り付けてある構成の場合は、左右受枠群が邪魔をして、「所望枚数段積された育苗箱を段積みのままこれを移転させ」ることはできなくなるから、本願発明では、左右受枠を育苗箱を段積みのまま移転させることの妨げにならない位置まで移動する必要がある旨主張する。確かに、本願明細書の実施例の項には、「左受枠44は180°位相を変えて2個設けられ」、右受枠も同様である旨(甲第2号証4頁下から3行ないし末行)記載されており、この実施例では必然的に段積みを終えた受枠が受台よりも下(先の意味)の位置に来るものと認められる。しかしながら、本願発明の要旨(特許請求の範囲)には、段積みを終えた受枠が受台よりも下の位置に来なければならないことを示す記載はなく、実施例の記載のみから本願発明の特許請求の範囲を限定して解釈することもできないから、本願発明の特許請求の範囲には、「所望枚数段積された育苗箱を段積みのままこれを移転させる」ことの妨げとならない限り、段積みを終えた受枠が段積みされた育苗箱の横に位置するものも含まれると解すべきである。

そして、乙第1号証第2図(別紙2参照)によれば、乙第1号証に記載のものも、「所望枚数段積された育苗箱を段積みのままこれを移転させ」ることの妨げとならないものと認められる。

(b)  さらに、原告は、本願発明における左右受枠は、上下一対設けられている旨主張するが、本願発明の要旨(特許請求の範囲)には、その点の限定がないし、実施例の記載どおりに特許請求の範囲を限定して解すべき根拠は認められないから、原告のこの点の主張は採用できない。

〈3〉  したがって、原告主張の取消事由1は理由がない。

(2)  取消事由2について

原告は、本件において原告に拒絶理由通知をせずに前記周知事項を理由に原告の審判請求を成り立たないものとするのは、特許法159条2項、50条に違反すると主張する。

しかしながら、前記(1)で説示のとおり、「コンベアにて搬出されてきた物品を段積みする装置であって、前後チエン間に複数の受枠を水平に掛け渡したチエンユニットを上記コンベアの終端部左右に対向配置して物品を左右の受枠上に一枚ずつ摺動載置し得るようにするとともに、上記受枠を上方へは回動するが下方へは回動不能に上記チエンに取り付けることによって、チエンを下動して物品を段積みする際に、上記受枠が、段積装置の底部に設けられた物品載置用の受台かまたは先行物品に当たって上方に逃げるようにしたもの」が周知事項と認められる以上、本件において甲第5及び第6号証を含む拒絶理由通知等をしなかったことをもって、特許法159条2項、50条に違反すると認めることはできない。拒絶理由通知を要しないのは明々白々の技術常識のみに限られる旨の原告の主張は採用できない。

したがって、原告主張の取消事由2は理由がない。

3  よって、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

別紙1

〈省略〉

別紙2

〈省略〉

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